桜梅桃華@女装・TSF小説 - 仕事着はピンク色:11
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僕の未来
今日も会社へ出勤すると、いつものようにロッカーへ向かい、着てきた服を脱いで仕事着へと着替える。
女性ホルモンを飲み始めてから、一ヶ月が経った。
身体は、もうすっかり女性のように変わってしまっている。
胸元には、誰が見ても分かるほどの確かな膨らみができていた。
シャツの生地がその形に合わせてわずかに盛り上がり、何気なく顔を下へ向けるだけでも、そこにある自分の身体の変化を意識してしまう。
以前買った新しいブラは、店員さんが言っていた通り、サイズを細かく調整できるおかげで今の身体にもよく馴染んでいる。
ブラをつけるは既に日常化している。
だけど――それが、どうしても嫌だった。
……いや。
本当に、嫌なのだろうか。
最近では、むしろブラをつけずに服を着たときのほうが、胸元が落ち着かない。
何も身につけていないことに違和感を覚え、当たり前のようにブラを手に取っている自分がいる。
(この身体に……この生活に、慣れてきてる……?)
そんな考えが頭をよぎるたび、僕は慌てて打ち消す。
これは会社に強制されているだけだ。自分から望んで女性になろうとしているわけじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせながら、今日もピンク色の制服に袖を通す。
鏡の中に映った自分の姿を見つめると、以前より少し丸くなったように感じる顔つきに、胸元の膨らみ、そして明らかに変わってきたお尻のラインが目に入る。
どれも少し前までの僕にはなかったものだ。
そこまで視線を向けたところで、僕は逃げるように鏡から目を逸らした。
このまま身体が変わり続けたら、いったい僕はどうなってしまうんだろう。
そんな不安だけが、胸の奥に静かに残っていた。
そんなことを考えながら更衣室を出て廊下を歩いていると、向こうから一人の女性社員が歩いてくるのが見えた。
その人も、僕と同じピンク色の制服を着ている。
(栗本君が言っていたことが本当なら……この人も僕と同じ……?)
思わず目で追ってしまう。
すれ違う直前、気がつけば僕は声をかけていた。
「あ、あの……」
「はい?」
女性社員が足を止め、柔らかな表情でこちらを振り返る。
「どうかされましたか?」
「あの……そのピンクの服を着ているってことは……その……」
そこまで言ったところで、急に恥ずかしくなって言葉に詰まる。
けれど、女性社員は僕の言いたいことを察したように、穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、そうですよ。あなたも、こっち側の社員ですか?」
「あ……はい」
その言葉を聞いて、胸の奥がざわつく。
「あの……私、この服の意味がまだイマイチ分かっていなくて……。もしよければ、詳しく教えていただけませんか?」
「そうなんですね。まだ詳しいことを聞かされていないということは、新入社員の子かな?」
「はい。コスメ事業部に配属された、堀田依織と申します」
「堀田さんね。私はヘルスケア事業部の瀬古真由美。堀田さんより二つ上の先輩になるのかな」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
瀬古さんはそう言って笑うと、自分の制服の袖を軽くつまんだ。
その仕草があまりにも自然だったせいか、僕はかえってそのピンク色の制服から目を離せなくなってしまう。
「それで、いろいろ聞きたいんだよね?」
「そうなんです。今、お時間はありますか?」
「うん、三十分くらいなら大丈夫だよ」
瀬古さんは廊下の先へ視線を向けると、少し考えるようにしてから続けた。
「それなら、そこのミーティングルームが空いてるみたいだから、そこで少し話そうか」
「……はい。お願いします」
そう答えながら、僕は瀬古さんの後を追う。
これから何を聞かされるのか。
そして、このピンク色の仕事着が本当は何を意味しているのか。
聞くことへの不安は大きいが、それでも僕は自分の置かれた状況を知っておきたかった。
◆
———
「さて……もしかして、最近いろいろ聞いた?」
「……何を、ですか?」
「あなたや私たちのこと。それから、この仕事着のこと」
自分でも分かるくらい、表情が強張ったのだろう。
瀬古さんは僕の顔を見て、小さく笑いながら「やっぱり」と呟いた。
「すみません……」
「謝らなくていいよ。もう分かっていると思うけど、私も最初は普通の男性社員として入社したんだよ」
「やっぱり瀬古さんも……」
「うん」
あまりにも自然な返事だった。
僕はしばらく何も言えず、瀬古さんの姿を見つめてしまう。
今、目の前にいるのは、どこから見ても自然な女性社員だった。
そんな彼女が、かつては僕と同じ立場だった。
その事実が、どうしても現実のものとして受け止められない。
瀬古さんはそんな僕の反応を見て、少し困ったように笑った。
「私も最初は、どうして自分が選ばれたのか分からなかったんだよ」
そう言いながら、少し遠くを見るような目をする。
「突然説明されて、この制服を着るようになって、それから薬を渡されて……身体が変わっていって。気がついたら、今みたいになってたの」
「……怖くなかったんですか?」
「もちろん怖かったよ」
迷いのない即答だった。
その言葉を聞いた途端、胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。
この人も、最初から平気だったわけじゃない。
僕と同じように戸惑って、怖がって、それでも時間が経つうちに今の姿になったのだ。
「じゃあ……どうして、今はそんなに普通にしていられるんですか?」
そう尋ねると、瀬古さんは少し考えるように視線を落とした。
「私だって、最初は鏡を見るたびに落ち込んでたよ。この制服だって、嫌だった」
そう言って、瀬古さんは自分の制服の胸元へ視線を落とす。
「でもね。毎日着てると、少しずつ慣れてくるんだよ」
「……慣れる」
「うん。最初は恥ずかしい。それから違和感があって、そのうち、それを感じること自体が少なくなってくる。毎日同じことを繰り返していると、いつの間にか着ていることが当たり前になってくるんだよ」
僕は何も答えられなかった。
瀬古さんの言葉が、今の自分の中で起きている変化を、まるで正確に言い当てているように感じたからだ。
最初は、女の子として扱われることさえ嫌だった。
化粧をすることも、ブラをつけることも、レディースの服を着ることも、すべてから目を背けたかった。
それなのに今では、毎朝当たり前のように化粧をして、ブラをつけ、レディースの服を選んで会社へ向かっている。
気がつけば僕は、以前なら絶対に受け入れられないと思っていた生活を繰り返していた。
「堀田さんも、今その途中なんじゃないかな」
「私は……」
反射的に否定しようとする。
けれど、その先の言葉が出てこない。
瀬古さんはそんな僕を追及することなく、ただ優しく微笑んでいる。
「……会社には、他にもたくさん、同じような境遇の方がいるんですよね?」
話題を変えるように尋ねると、瀬古さんは小さく頷いた。
「いるよ」
「二十人くらいって聞きました」
「もっといるかな、本社だけじゃないからね。支社も合わせると百人は超えるよ」
「そんなに……」
改めて考えると、背筋が少し寒くなる。
今まで何気なくすれ違っていた社員の中に、僕と同じような人が何人もいた。
その人たちは何年も前からこの会社で働き続けている。
「どうして……わざわざ男性を女性にするんですか?」
ずっと胸の中にあった疑問を、とうとう口にした。
その瞬間、瀬古さんの表情がほんの少しだけ変わった。
さっきまでの柔らかな笑顔が消え、何かを考えるように視線を伏せる。
「それもまだ聞いてない?」
「はい」
「そっか……」
短い沈黙が流れた。
やがて瀬古さんは、申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんね。それはやっぱり、私の口からは話せないかな」
「……どうしてですか?」
「それは私が話すべきではないかな。いずれ堀田さんの上司から、直接説明があるんじゃないかな」
そこで、ふと気になったことがあった。
「じゃあ……別の質問をしてもいいですか?」
「もちろん」
「この会社の制度は、全社員知っているんですか?」
瀬古さんは静かに首を横に振った。
「いや、それは知らないよ。少なくとも、私が知っている限りではね」
「じゃあ、誰が知っているんですか?」
「各部署の部長クラスは把握していると思う」
「……部長クラス」
その言葉が、胸の奥に引っかかった。
部長クラスが把握している。
ということは――。
僕が女性になることを望んでいないことも。
女性ホルモンを飲むことに抵抗していたことも。
少なくとも、僕の直属の上司である小泉部長は知っていることになる。
「……そうですか」
それ以上、言葉が出てこなかった。
僕の目の前にいる瀬古さんは、僕にとって未来の姿なのかもしれない。
そして、その未来へ向かわせている理由を知っている人が、この会社の中には確実に存在している。
その一人が、小泉部長だ。
そう考えた瞬間、さっきまでとは違う意味で胸の鼓動が速くなっていった。
そんなことを考えていると、ちょうどそのタイミングで会社用のスマートフォンが震える。
画面を確認すると、届いていたのは小泉部長からのメッセージだった。
『堀田さん、お疲れ様。今から第二小会議室に来れるかな?』
「……」
思わず画面を見つめたまま固まってしまう。
まるで、今まで考えていたことを見透かされたような気がした。
そんな僕の様子を見て、瀬古さんが不思議そうにこちらを覗き込む。
「どうしたの?」
「……私の部署の部長からです」
そう答えながらスマートフォンの画面を見せると、瀬古さんは内容を確認して、小さく息を吐いた。
「そっか……」
そして、少しだけ困ったような、それでいて何かを察しているような表情を浮かべる。
「たぶん……次の段階なんじゃないかな」
「次の段階……?」
その言葉に、思わず聞き返す。
けれど瀬古さんは、それ以上何も言わなかった。
ただ、僕の顔を見つめながら、どこか複雑そうな笑みを浮かべている。
「……行けば分かると思うよ」
「何があるんですか?」
「それも……私からは言えないかな」
そう言うと、瀬古さんはそれ以上の質問をやんわりとかわすように立ち上がった。
「じゃあ、私はそろそろ業務に戻るね。何かあったら、いつでも相談して」
そう言ってから、瀬古さんは少しだけ柔らかく笑った。
「自分の気持ちの整理さえつけば……案外、悪くないものだよ。女の子も」
「……はい。ありがとうございます」
その言葉に、僕は小さく頷くことしかできなかった。
瀬古さんはそんな僕を見て微笑むと、静かにミーティングルームを出ていった。
一人になった部屋の中で、僕はしばらくその場に立ったまま、さっきまでの会話を頭の中で繰り返していた。
瀬古さんも、最初は怖かった。
この制服を着ることも、身体が変わっていくことも嫌だった。
それでも、毎日を過ごすうちに少しずつ慣れていき、今では当たり前のように“女の子”として会社で働いている。
それが未来の自分なのか……。
そんな考えが浮かんだところで、僕は慌てて頭を振った。
僕は一体、これから小泉部長に何を告げられるのだろう。
不安と緊張が入り混じりながらも、僕は会社用のスマートフォンを握りしめると、意を決するようにゆっくりと立ち上がった。
【12章につづく……】
僕の未来
今日も会社へ出勤すると、いつものようにロッカーへ向かい、着てきた服を脱いで仕事着へと着替える。
女性ホルモンを飲み始めてから、一ヶ月が経った。
身体は、もうすっかり女性のように変わってしまっている。
胸元には、誰が見ても分かるほどの確かな膨らみができていた。
シャツの生地がその形に合わせてわずかに盛り上がり、何気なく顔を下へ向けるだけでも、そこにある自分の身体の変化を意識してしまう。
以前買った新しいブラは、店員さんが言っていた通り、サイズを細かく調整できるおかげで今の身体にもよく馴染んでいる。
ブラをつけるは既に日常化している。
だけど――それが、どうしても嫌だった。
……いや。
本当に、嫌なのだろうか。
最近では、むしろブラをつけずに服を着たときのほうが、胸元が落ち着かない。
何も身につけていないことに違和感を覚え、当たり前のようにブラを手に取っている自分がいる。
(この身体に……この生活に、慣れてきてる……?)
そんな考えが頭をよぎるたび、僕は慌てて打ち消す。
これは会社に強制されているだけだ。自分から望んで女性になろうとしているわけじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせながら、今日もピンク色の制服に袖を通す。
鏡の中に映った自分の姿を見つめると、以前より少し丸くなったように感じる顔つきに、胸元の膨らみ、そして明らかに変わってきたお尻のラインが目に入る。
どれも少し前までの僕にはなかったものだ。
そこまで視線を向けたところで、僕は逃げるように鏡から目を逸らした。
このまま身体が変わり続けたら、いったい僕はどうなってしまうんだろう。
そんな不安だけが、胸の奥に静かに残っていた。
そんなことを考えながら更衣室を出て廊下を歩いていると、向こうから一人の女性社員が歩いてくるのが見えた。
その人も、僕と同じピンク色の制服を着ている。
(栗本君が言っていたことが本当なら……この人も僕と同じ……?)
思わず目で追ってしまう。
すれ違う直前、気がつけば僕は声をかけていた。
「あ、あの……」
「はい?」
女性社員が足を止め、柔らかな表情でこちらを振り返る。
「どうかされましたか?」
「あの……そのピンクの服を着ているってことは……その……」
そこまで言ったところで、急に恥ずかしくなって言葉に詰まる。
けれど、女性社員は僕の言いたいことを察したように、穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、そうですよ。あなたも、こっち側の社員ですか?」
「あ……はい」
その言葉を聞いて、胸の奥がざわつく。
「あの……私、この服の意味がまだイマイチ分かっていなくて……。もしよければ、詳しく教えていただけませんか?」
「そうなんですね。まだ詳しいことを聞かされていないということは、新入社員の子かな?」
「はい。コスメ事業部に配属された、堀田依織と申します」
「堀田さんね。私はヘルスケア事業部の瀬古真由美。堀田さんより二つ上の先輩になるのかな」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
瀬古さんはそう言って笑うと、自分の制服の袖を軽くつまんだ。
その仕草があまりにも自然だったせいか、僕はかえってそのピンク色の制服から目を離せなくなってしまう。
「それで、いろいろ聞きたいんだよね?」
「そうなんです。今、お時間はありますか?」
「うん、三十分くらいなら大丈夫だよ」
瀬古さんは廊下の先へ視線を向けると、少し考えるようにしてから続けた。
「それなら、そこのミーティングルームが空いてるみたいだから、そこで少し話そうか」
「……はい。お願いします」
そう答えながら、僕は瀬古さんの後を追う。
これから何を聞かされるのか。
そして、このピンク色の仕事着が本当は何を意味しているのか。
聞くことへの不安は大きいが、それでも僕は自分の置かれた状況を知っておきたかった。
◆
———
「さて……もしかして、最近いろいろ聞いた?」
「……何を、ですか?」
「あなたや私たちのこと。それから、この仕事着のこと」
自分でも分かるくらい、表情が強張ったのだろう。
瀬古さんは僕の顔を見て、小さく笑いながら「やっぱり」と呟いた。
「すみません……」
「謝らなくていいよ。もう分かっていると思うけど、私も最初は普通の男性社員として入社したんだよ」
「やっぱり瀬古さんも……」
「うん」
あまりにも自然な返事だった。
僕はしばらく何も言えず、瀬古さんの姿を見つめてしまう。
今、目の前にいるのは、どこから見ても自然な女性社員だった。
そんな彼女が、かつては僕と同じ立場だった。
その事実が、どうしても現実のものとして受け止められない。
瀬古さんはそんな僕の反応を見て、少し困ったように笑った。
「私も最初は、どうして自分が選ばれたのか分からなかったんだよ」
そう言いながら、少し遠くを見るような目をする。
「突然説明されて、この制服を着るようになって、それから薬を渡されて……身体が変わっていって。気がついたら、今みたいになってたの」
「……怖くなかったんですか?」
「もちろん怖かったよ」
迷いのない即答だった。
その言葉を聞いた途端、胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。
この人も、最初から平気だったわけじゃない。
僕と同じように戸惑って、怖がって、それでも時間が経つうちに今の姿になったのだ。
「じゃあ……どうして、今はそんなに普通にしていられるんですか?」
そう尋ねると、瀬古さんは少し考えるように視線を落とした。
「私だって、最初は鏡を見るたびに落ち込んでたよ。この制服だって、嫌だった」
そう言って、瀬古さんは自分の制服の胸元へ視線を落とす。
「でもね。毎日着てると、少しずつ慣れてくるんだよ」
「……慣れる」
「うん。最初は恥ずかしい。それから違和感があって、そのうち、それを感じること自体が少なくなってくる。毎日同じことを繰り返していると、いつの間にか着ていることが当たり前になってくるんだよ」
僕は何も答えられなかった。
瀬古さんの言葉が、今の自分の中で起きている変化を、まるで正確に言い当てているように感じたからだ。
最初は、女の子として扱われることさえ嫌だった。
化粧をすることも、ブラをつけることも、レディースの服を着ることも、すべてから目を背けたかった。
それなのに今では、毎朝当たり前のように化粧をして、ブラをつけ、レディースの服を選んで会社へ向かっている。
気がつけば僕は、以前なら絶対に受け入れられないと思っていた生活を繰り返していた。
「堀田さんも、今その途中なんじゃないかな」
「私は……」
反射的に否定しようとする。
けれど、その先の言葉が出てこない。
瀬古さんはそんな僕を追及することなく、ただ優しく微笑んでいる。
「……会社には、他にもたくさん、同じような境遇の方がいるんですよね?」
話題を変えるように尋ねると、瀬古さんは小さく頷いた。
「いるよ」
「二十人くらいって聞きました」
「もっといるかな、本社だけじゃないからね。支社も合わせると百人は超えるよ」
「そんなに……」
改めて考えると、背筋が少し寒くなる。
今まで何気なくすれ違っていた社員の中に、僕と同じような人が何人もいた。
その人たちは何年も前からこの会社で働き続けている。
「どうして……わざわざ男性を女性にするんですか?」
ずっと胸の中にあった疑問を、とうとう口にした。
その瞬間、瀬古さんの表情がほんの少しだけ変わった。
さっきまでの柔らかな笑顔が消え、何かを考えるように視線を伏せる。
「それもまだ聞いてない?」
「はい」
「そっか……」
短い沈黙が流れた。
やがて瀬古さんは、申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんね。それはやっぱり、私の口からは話せないかな」
「……どうしてですか?」
「それは私が話すべきではないかな。いずれ堀田さんの上司から、直接説明があるんじゃないかな」
そこで、ふと気になったことがあった。
「じゃあ……別の質問をしてもいいですか?」
「もちろん」
「この会社の制度は、全社員知っているんですか?」
瀬古さんは静かに首を横に振った。
「いや、それは知らないよ。少なくとも、私が知っている限りではね」
「じゃあ、誰が知っているんですか?」
「各部署の部長クラスは把握していると思う」
「……部長クラス」
その言葉が、胸の奥に引っかかった。
部長クラスが把握している。
ということは――。
僕が女性になることを望んでいないことも。
女性ホルモンを飲むことに抵抗していたことも。
少なくとも、僕の直属の上司である小泉部長は知っていることになる。
「……そうですか」
それ以上、言葉が出てこなかった。
僕の目の前にいる瀬古さんは、僕にとって未来の姿なのかもしれない。
そして、その未来へ向かわせている理由を知っている人が、この会社の中には確実に存在している。
その一人が、小泉部長だ。
そう考えた瞬間、さっきまでとは違う意味で胸の鼓動が速くなっていった。
そんなことを考えていると、ちょうどそのタイミングで会社用のスマートフォンが震える。
画面を確認すると、届いていたのは小泉部長からのメッセージだった。
『堀田さん、お疲れ様。今から第二小会議室に来れるかな?』
「……」
思わず画面を見つめたまま固まってしまう。
まるで、今まで考えていたことを見透かされたような気がした。
そんな僕の様子を見て、瀬古さんが不思議そうにこちらを覗き込む。
「どうしたの?」
「……私の部署の部長からです」
そう答えながらスマートフォンの画面を見せると、瀬古さんは内容を確認して、小さく息を吐いた。
「そっか……」
そして、少しだけ困ったような、それでいて何かを察しているような表情を浮かべる。
「たぶん……次の段階なんじゃないかな」
「次の段階……?」
その言葉に、思わず聞き返す。
けれど瀬古さんは、それ以上何も言わなかった。
ただ、僕の顔を見つめながら、どこか複雑そうな笑みを浮かべている。
「……行けば分かると思うよ」
「何があるんですか?」
「それも……私からは言えないかな」
そう言うと、瀬古さんはそれ以上の質問をやんわりとかわすように立ち上がった。
「じゃあ、私はそろそろ業務に戻るね。何かあったら、いつでも相談して」
そう言ってから、瀬古さんは少しだけ柔らかく笑った。
「自分の気持ちの整理さえつけば……案外、悪くないものだよ。女の子も」
「……はい。ありがとうございます」
その言葉に、僕は小さく頷くことしかできなかった。
瀬古さんはそんな僕を見て微笑むと、静かにミーティングルームを出ていった。
一人になった部屋の中で、僕はしばらくその場に立ったまま、さっきまでの会話を頭の中で繰り返していた。
瀬古さんも、最初は怖かった。
この制服を着ることも、身体が変わっていくことも嫌だった。
それでも、毎日を過ごすうちに少しずつ慣れていき、今では当たり前のように“女の子”として会社で働いている。
それが未来の自分なのか……。
そんな考えが浮かんだところで、僕は慌てて頭を振った。
僕は一体、これから小泉部長に何を告げられるのだろう。
不安と緊張が入り混じりながらも、僕は会社用のスマートフォンを握りしめると、意を決するようにゆっくりと立ち上がった。
【12章につづく……】
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